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能の演目『融』の詞章を紹介!見どころの小書って何?


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能の演目『融(とおる)』は、

今の時期にぴったりな

中秋の名月の夜を舞台にした、

美しく特徴的な演出の舞が見どころの

秋の名曲です。

 

平安時代初期の貴族である

源融(みなもとのとおる)が、

前シテでは潮汲みの老人、

後シテでは亡霊となり、

自分にとって良き時代であった頃を

偲ぶ物語です。

 

小書(こがき)と呼ばれる特殊な演出

物語の後半部分に多く使われ、

舞事の変化が楽しめる一曲となっています。

 

今回はそんな

秋の名曲『融』のあらすじともに、

見どころともいえる小書や美しい詞章、

そしてその現代語などをご紹介いたします。

 

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能の演目『融』のあらすじは?

 

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出展:http://narano.exblog.jp/tags/%E8%9E%8D/

早舞の替えや舞働など

特殊な演出である小書がみどころの

融ですが、

小書についてはまたのちほど、

まずはあらすじをご紹介いたしましょう。

 

主人公の源融(みなもとのとおる)は、

嵯峨天皇の12男で、

光源氏のモデルとなった一人

言われています。

 

当時は藤原家が栄華を誇っていた時代で、

政権争いに負けた源融は六条河原

(現在の京都河原町五条のやや南。)に

大邸宅を建て、

宇治に別荘(のちの平等院)を営むなど、

その余生は風雅を尽くして過ごしました。

 

陸奥の塩竃に惚れ込んでいた源融は、

そこに千賀の塩竃を模したものを建て

大阪から海水を運びいれ、

そこで海水を焼く風情を楽しんだようです。

 

ところが源融亡きあと

後継ぎもいなかったため、

六条河原院も塩竃も

荒れ果ててしまいました。

 

能の融の舞台はここからの話で、

中秋の名月が美しく輝く夜、

東国からやってきた旅の僧が、

六条河原院に到着します。

 

そこへ田子(水を運ぶ

木の桶のようなもの)を

前後に担いだ老人が現れ、

「月もはや、出汐になりて塩竃の…」

と言って登場します。

 

自分はここの汐汲みだと言う老人に、

海のない都に汐汲みとは

と怪訝そうに聞く僧。

 

ここは六条河原院、

都に作られた塩竃の浦だと老人は答え、

上に述べたような源融のこと、

六条河原院のことを詳しく話します。

 

しかしその老人、

だんだんと我が身のことのように語りだし、

ついには涙を流し始めます。

 

そして老人はおもむろに

汐を汲むようなさまをしたかと思えば

そのまま霧の中に消えてしまいました。

 

僧は近所に住む男にその話をしたところ

「その老人は源融の亡霊ではないか。

どうぞお弔いくださいませ」と言われ、

言われるまま弔っていると、

そこに在りし日の源融が現れます。

 

すると荒れ果てた六条河原院も

月の光を浴びて

昔のような雅やかな姿を取り戻し、

源融はそこで昔を偲びながら舞を舞います。

 

「月もはや、影傾きて明け方の・・・」

 

との台詞を残し源融は消えていきます。

 

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『融』の謡の詞章の一部を現代語訳付きで紹介!

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融の謡では、

秋に冴える月の姿が全体を貫いています。

 

前シテの老人の第一声が「月もはや」

そして後シテの

源融の亡霊の最後の言葉も「月もはや」

というように、

老人は月の出で現れ、

月の入りで消えていきます。

 

この重要な二つの「月もはや」の詞章を、

現代語訳とともに

楽しんでいきたいと思います。

 

「月もはや 出汐になりて塩竃の

浦さび渡る気色かな。」

 

《いよいよ月の出とともに、

潮も満ち来る夕暮れ時を迎え、

この塩竃の浦も

一層うら寂しさが勝ってきた。》

 

夕暮れ時に老人が現れたことがわかります。

日没すぐという時間も手伝って、

もの悲しい雰囲気が伝わってきます。

 

「月もはや 影かたむきて 明け方の、

雲となり 雨となる、

この光陰に 誘はれて、

月の都に、

入りたまふよそほひ、

あら名残惜しの面影や、

名残惜しの面影。」

 

《月も既に、

影は西に傾いて明け方となり、

昇天のあり様は、

まるで雲となったのか雨となったのかと

見えていたが、

夜明けの光に誘われるようにして、

月の世界へ入ってしまわれるご様子は、

なんとも名残惜しい。》

 

明け方の光とともに、

源融の亡霊が月の都に

帰って行ったことがわかります。

 

僧は弔うつもりが、

つい眠ってしまったようで、

在りし日の源融の姿はどうやら

僧の夢の出来事だったようです。

 

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『融』の見どころ、小書を解説!動画や画像も紹介!

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出展:http://narano.exblog.jp/tags/%E8%9E%8D/

 

さて本編のクライマックスともいえます、

融の一番の見どころ、小書

 

小書というのは、

今回は早舞の替などの特殊な演出をします

ということを表す、

演目名の左脇に小さく書かれた

注釈のようなものです。

 

特殊演出については

流派によってさまざまですが、

今回は観世流、金剛流で用いられている

「十三段の舞」の早舞の替について

お話します。

 

融で昔を忍び早舞を舞う場面ですが、

本来は五段構成の舞であるところ、

それを二度繰り返し、

最後に三段の舞を舞って

十三段の舞は構成されています。

 

ところが本来

能楽は同じことを繰り返すことを嫌うので、

最初の五段を

一番オーソドックスな

“黄鐘(おうしき)調”で舞い、

次をやや高い調子の

“盤渉(ばんしき)調”

最後は急の舞で舞います。

 

この黄鐘調でない箇所などに、

小書が利用されるというわけです。

このような点を踏まえて

早舞を楽しんでみてくださいね。

 

実は融で一般的に使用されている

中将という能面は、

私の大好きな面のひとつでもあります。

憂いを帯びた品のある表情が堪りません。

 

ほんの少しですが能面をつけた動画を

見つけましたので、

よろしければご覧になってください。

 

興福寺で薪能「融」他

 

【関連記事】日本舞踊と能の違いはなに?今更聞けないポイントとは

【関連記事】日本人の心である侘び寂びの精神とは?

 

まとめ

 

今でも残る音羽山、今熊野、

深草山に伏見竹田、大原など、

融の謡の詞章の中には

たくさんの京都の名所が登場します。

 

もちろん六条河原院の跡地も

観光できるのですが、

現在の付近の住所はなんと本塩竈町!

 

『融』のゆかりを感じます…。

 

ぜひ京都観光の際には

足を運んでみてはいかがでしょう。

 

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