世界各国で親しまれている『羽衣伝説』を
モチーフに作られたとされている
能『羽衣』は、
物語も全体的に明るく清澄で
また内容もわかりやすく、
初心者でも楽しめる人気演目です。
見どころは一言、「美しさ」に尽きます。
それは物語であり、
シテである天女の純粋無垢な心であり、
舞事であり、装束や面であり、
そして物語を彩る
謡の詞章の美しさでもあります。
まさに能の幽玄の美を
体現している演目と言えるでしょう。
今回は鬘物(女性がシテの
優美な舞事が特徴である能)を
代表する人気演目『羽衣』を
ご紹介いたします。
羽衣のあらすじは?
能『羽衣』のあらすじをご紹介します。
時候は春爛漫の頃、
駿河国の三保の松原でのことです。
漁師の白龍が漁を終えて浜へ上がると、
松の枝にかかる
世にも美しい衣を見つけました。
そのあまりの美しさに感激し
家宝にしようと衣を手にした所へ
天女が現れ、
羽衣を返してほしいと懇願します。
初めこそ天女の願いを
聞き入れようとしない白龍だったものの、
羽衣がないと
天へ帰ることができないと
深い悲しみに暮れる天女の姿に心を打たれ、
羽衣を返す代わりに
舞を舞うよう言いました。
羽衣を身に纏った天女は
天空の月の舞を見せ、
更には地上に広がる
三保の松原の景色を賛美して、
序の舞・破の舞を見事に舞いきりました。
やがて辺りは夕暮れになり、
富士山が茜色に染まる頃、
天女はあまたの宝を空から降らせて、
美しい余韻を残しながら
霞に煙る富士の空へと
姿を消していきました…。
羽衣の見どころはここ!動画も紹介!
能『羽衣』は簡潔でわかりやすく、
また一貫して美しい物語は
それだけでもう見どころといえます。
題材とされている『羽衣伝説』の多くは、
天女は羽衣を返さない漁師と結婚し
子をもうけるものの、
隙を見て羽衣を取り返し天に帰るという
やや性的な猥雑さのある話ですが、
『羽衣』では
漁師は美しい舞を愛でる代わりに羽衣を返し
最後には天女は天空へ帰ってしまいます。
ここに能『羽衣』の美しさと儚さがみえます。
それは羽衣を返すと
舞を見せる前に帰るのではと危惧する漁師に
「いや疑いは人間にあり。
天に偽りなきものを」
と毅然と言い放つ
純粋無垢な
天女の心の美しさのなせる業ともいえ、
穢れなきまま天に帰る純潔の天女は、
数ある『羽衣伝説』のうち
最も清純な存在と思えます。
さらに
美しい舞事もまた見どころといえます。
序の舞では
粛然な中にも
明るさと優美さを感じさせる
「東遊(あずまあそび)の舞の曲」の中で、
駿河舞のおこりや天空の月の美しさを説き、
次に羽衣をなびかせ軽やかな破の舞を舞い、
地上の春の美しさを讃えます。
また天へ消えるという演出のできない能では
謡に余韻を残し、
シテは幕へと消えていきます。
後半に
特殊な演出を示す小書が使われる際には
橋掛りでの所作も多く見られ、
「和合之舞」では序の舞と破の舞が連続し、
終盤の謡では緩急がつきますが、
「彩色之伝」では
序の舞が
ややテンポの速い盤渉(ばんしき)調になり
彩色(いろえ)と呼ばれる
格調高い囃子の演奏が入ります。
珍しくアップで録られた
面好きには堪らない動画です。
恐らく増女の能面と思われます。
まさに幽玄の美を感じられる薪能です。
天神祭宵宮祭2013~奉納水上薪能、能『羽衣』
羽衣の謡の詞章の一部を現代語訳付きで紹介!
能『羽衣』の謡の詞章を
ご紹介する上で外せない部分と言えば、
やはり漁師が天女に羽衣を返すシーンの、
天女の名ゼリフではないでしょうか。
この一言は正に、
ただただ一途に清らかさを求めた
この物語の主題を表しているともいえます。
白龍)いやこの衣を返しなば、
舞曲をなさでそのままに、
天にや上り給ふべき
いやこの衣を返してしまったら、
舞を舞わずに
そのまま天に上がってしまわれるでしょう。
天女)いや疑ひは人間にあり。
天に偽りなきものを
いいえ、疑いは人間にこそあります。
天には偽りがないものなのに
白龍)あら恥ずかしや、
さらばとて、羽衣を返し与ふれば
ああ恥ずかしい、
それならば、羽衣を返してさしあげましょう
ここもチェック!衣装も見どころ!
出展:http://www.city.yatsushiro.lg.jp/wadai/default.html
登場時、
天女が水浴びをしていたという設定から、
前半は半裸体という設定になっています。
金箔などを連続文様的に用いた
摺箔(すりはく)という装束を
上半身に身にまとっていますが、
これを能では便宜上下着、
または裸として扱います。
途中「物着(ものぎ)」と呼ばれる
舞台での衣装替えを経て、
羽衣である長絹を纏い本来の姿となります。
摺箔の上に刺繍で模様をあしらった
縫箔(ぬいはく)を
タイトスカートのように腰に巻きつけ、
豪華な装束の一部しか見せないところも、
能の美学といえます。
また面の選択によって、
見せたい天女像に違いも感じられます。
増女の場合は誇り高い天女、
小面は清純で神秘的な天女を
演出しているといえるでしょう。
まとめ
『羽衣』の美しさを堪能するには
個人的に薪能がおすすめです。
憂いのない
一貫してただただ美しい
前向きなこの物語は、
同時にどこか
日本人らしい控えめさも
たたえているように感じます。