能『翁』には特にあらすじはなく
儀式の演目といえ、
その謡の詞章は
天下泰平・国家安泰・五穀豊穣を祝う
神歌として扱われています。
能のどの種類にも分類されず、
面もまた他の能面とは違い
式三番面と呼ばれ
他の演目で使用することはありません。
主にお正月や舞台披きなど祝賀能の
一番初めに舞われるおめでたい能であり、
神をお慰めするという
芸能の原点に立ち返ることができる
能ともいえます。
今回はそんな格式高い特別な能
『翁』についてご紹介します。
翁の能面の歴史とは?意外な歴史と意味があった!
出展:http://www.seiun-kawai.com/
能楽の源流は、
式三番(翁の起源となる演目)とも呼ばれる
翁猿楽に発しているといわれます。
翁猿楽は
十三世紀末に
奈良春日大社の祭礼で奉じられたものが
現在わかっている最古の記録とされており、
寺社の法会で演じられた
呪師の芸を受け継いだものとされています。
『翁』の能面は平安末期に創作され、
鎌倉時代に完成したといわれています。
式三番には
父尉・翁・三番叟・延命冠者の四面が
用いられていましたが、
現在は『翁』として能楽者が演じる翁と、
狂言役者が演じる
三番叟が対になっています。
白い肌に穏やかな笑みを浮かべ、
面の全長の1.5倍の長さの鬚をたくわえた
白式尉の面、
屈託のない笑みに、
立派な歯や健康そうな色黒の肌をした
黒式尉(三番叟)の面は、
どちらも流れるように刻まれた皺が美しい、
切り顎が特徴の式三番面です。
尚、「父尉延命冠者」の小書がつくと、
翁が父尉の面をつけ、
千歳が延命冠者の面をつけますが、
現在の『翁』に関しては
この四種以外の面を
つけることはありません。
「能にして、能にあらず」と言われる翁のあらすじは?
能『翁』は
「能にして、能にあらず」といわれ、
能のどの種類にも分類されず、
格別に扱われる儀式能であって、
特にあらすじはありません。
千歳(せんざい)、翁、三番叟の
三人の役者が順に、
祝祷の歌舞を舞います。
揚幕があがると橋掛りから、
うやうやしく面箱を掲げる
面箱もちを先頭に、
演者が登場し、
司祭役の翁太夫が深々と一礼し
舞台右奥へ着座、
小鼓と笛の囃子に乗せて
「とうとうたらり」と謡い出します。
続いて
千歳の露払いの舞ののち
白式尉の面をつけ
白き翁の神となった翁太夫が、
天下泰平祈願の舞を舞います。
次に
三番叟が五穀豊穣を祈念した
二つの舞を奉じます。
まずは直面※で「揉ノ段」を躍動的に、
さらに黒式尉の面をつけ
黒き翁の神となって
鈴を手に「鈴ノ段」を舞います。
※直面(ひためん)
面をつけないこと。素顔。
翁の見どころはここ!
『翁』は
神聖で特別な能とされているため、
準備の段階にも厳格なしきたりがあります。
現在では期間こそ短縮されていますが、
大夫たちは穢れを払うために別火を修め、
当日は祭壇が設けられた鏡の間で
出演者一同が盃を回し、
神酒をいただきます。
また上演直前には
後見が揚げ幕の横から火打ち石で火を切り、
お清めをします。
能『翁』では舞台のみならず
客席までも神聖な雰囲気が漂い、
観客までもが
神事に参加しているような一体感を
味わうことになるでしょう。
能『翁』は
種別に分類されることもなく、
面も専用のものであり、
あらすじも持たない特別な能です。
この能を観覧する
イコール
演者とともに神事に参列することが、
一般の能の見どころに代わる
最大の誉れといえるでしょう。
「とうとうたらり」と始まる詞章を紹介!何語?現代語訳は?
『翁』は古くは「式三番」といわれ、
この詞章を「神歌」と呼びました。
「とうとうたらり」という不思議な詞章は、
元々は西蔵国(現在のチベット西部付近)の
古代語であると推察され、
祝言の陀羅尼歌「サンバ・ソウ」から
きているのではないかといわれています。
今回はこの「とうとうたらり~」を、
直接西蔵国の古代語から
現代語訳していきたいと思います。
とうとう たらり たらり・ら
得物は 輝き かがやいて
たらり あ がれらら りとう
輝きは ああ 何れも様に 寿きあれや
りえ・りん・やつ
寿命は 長く 善く
たらり たらり・ら
輝き かがやいて
たらり あ がれらら りとう
輝きは ああ 何れも様に 寿きあれや
まとめ
能『翁』はどの資料をとっても、
一番初めのページに紹介されています。
それだけ能楽者にとって
特別な能とされているようです。
三番叟は
多くの芸事で用いられていますが、
『翁』は現存する最古の三番叟ともいえ、
能の神聖な雰囲気は、
また格別のものといえるでしょう。