日本の伝統文化というと、
何を思い起こしますか?
茶道、華道、能・狂言などが挙げられますね。
さて、茶道・華道・能に共通している点は
どんなことだと思いますか?
それは、室町時代まで、その歴史が遡れることです。
華道の歴史と
今も活躍している流派が
どうやって生まれたのか・・
振り返ってみてみましょう。
華道は京都で始まった?起源はいつ?歴史を見てみよう!
出典:http://plaza.rakuten.co.jp/umekin/
そもそも、華道はどのように始まったのでしょうか?
花や植物を飾る習慣は、古代まで遡ります。
日本では植物に神が宿り、
とがった枝先には神が降りてくると
考えられていました。
つまり、神の降臨を期待して
神社には、榊のような枝を祀ったのです。
これが、植物を飾る起源の一つと
考えられています。
また、仏教の伝来とともに、
仏像に花を供える習慣も始まりました。
東大寺の大仏の前にも
大きな花瓶が置かれていますね。
その後、室町時代になると、足利将軍家では、
明から到来した絵画や青磁の香炉、花瓶などを
室内に飾り立てるようになりました。
もともとは高価な花瓶を披露することが
目的だったようですが、そこに花を飾る
花合わせといった遊びが盛んになります。
こうして、花を飾ることが
武士・公家の間で流行し出すと
「京都の六角堂の僧が生ける花が素晴らしい」
と話題になりました。
この僧が池坊専慶です。
その後を継いだ、池坊専応は、
「挿花は野山水辺 をのづからなる姿の表現」
と理論付け、思想的な面を含んだいけばな理論を
確立しました。
これが、華道の始まりです。
その後は、池坊専好が後を継ぎます。
時は、桃山時代。
戦国大名たちは豪壮な城・屋敷を好みましたが
池坊は、それにあった、豪快ないけばなを生み出します。
江戸から明治と時代が流れると
その時々の生活スタイルに合わせて華道も変化していきます。
そして、様々な流派が生まれてきたのです。
池坊、小原流、草月流、、、流派はどうして生まれた?
池坊は前述の通り、池坊専慶から始まり、
その後を継いだ、池坊専応が理論を確立したことから
始まる流派です。
ですから、池坊は、「華道家元池坊」であり
他の流派のように「●●流」とは呼ばないのです。
小原流は明治に入ってから誕生した流派です。
小原流では、西洋化した生活に合ういけばなを
考案しました。
背高くいけて、床の間に飾る花ではなく、
テーブルに飾るようないけばなを考慮したのです。
フラワーアレンジメントの概念を取り入れ
低くこんもりと飾った盛花を発表すると
大変な人気となりました。
また、小原流は、積極的に大衆への普及を図り、
大きく広がっていったのです。
草月流の歴史は浅く、
1927年に初代家元勅使河原蒼風によって
創立されました。
蒼風は、型通りにいけるいけばなに疑問を持ち
新たな流派を設立します。
前衛的で自由ないけばなを目指し、
植物に限らず、紙や合成樹脂、金属など、あらゆる
素材を活用していきます。
その芸術性の高さが、戦後の自由な気風にも会い
近年、急激に草月流は広がっていったのです。
華道をもっと知りたい!おすすめの本を紹介します!
花にまつわる本は数多くありますね。
各流派から、初心者向けのテキストブックが
発売されているので、
その流派がどんな花をいけているかを
確認するのに、オススメです。
また、華道家と呼ばれる
假屋崎省吾、川瀬敏郎は、
いけばな作品の画像をふんだんに取り入れた
本を出版しています。
芸術性の高いいけばなを眺めるのは
目の保養になりますね。
いけばなの歴史を学びたいという方は、
井上治「花道の思想」がオススメです。
学術書ですので、少し難しいところも
あるかもしれませんが、
華道の歴史や思想、理論などがぎっしりと詰まって、
読み応えのある1冊ですよ。