能の演目『巴』といえば、
現在伝わる修羅物の中で
唯一女性を主人公とした能ともいえます。
主人公(シテ)は、
平安時代末期の武将である
木曽義仲(源義仲)の愛妾であった
巴御前です。
男性さながら鎧に身を包み、
長刀を手に果敢に応戦する
絶世の美女・巴御前の勇壮な姿は、
『平家物語』にも登場しています。
深い愛情を通わせる男女が
戦乱によって引き裂かれるという
悲恋の物語ですが、
今回はその『巴』の詞章や
見どころをお伝えします。
巴の謡の詞章の一部を現代語訳付きで紹介!
それではまず、
『巴』の登場シーンの謡の詞章を、
現代語訳とともにご紹介いたします。
木曽の僧:不思議やな粟津が原の草枕を、
見ればありつる女性なるが、
甲冑を帯びする不思議さよ。
《嗚呼、なんと不思議なことか。
粟津が原で草を枕にしていると、
さきほど見た女性が
甲冑を纏い現れたではないか、
なんとも不思議である。》
巴:なかなかに巴といつし女武者、
女とてご最期に召し具せざりしその恨み、
《私は巴と申す女武者にございます。
女であるがゆえ、
主の最後にお供できなかったこの恨み》
木曽の僧:執心残つて今までも、
《心残りが今にまで》
巴:君邊に仕へ申せども、
《主にお仕えしているとはいえ》
木曽の僧:恨みはなほも、
《恨みは今も残り》
巴:荒磯海の、
《この磯の荒波のような》
(地謡)粟津の汀にて、
波の討ち死に末までも、
おん供申すべかりしを、
女とてご最期に、
捨てられ参らせし恨めしや。
身は恩のため、命は義による理、
たれか白真弓取りの身の、
最期に臨んで、功名を惜しまぬ者やある。
《敵打ち寄せる粟津の汀で、
共に討ち死にしたかったものを
女の身ゆえ主と最後を共に出来ず
捨てられた事がなんとも恨めしい。
この身をもって恩に報いる、
命を賭して義を通すという理を、
白真弓を引く私が武人としてこの身の末期に
功名を惜しまぬはずがあろうか。》
いかがでしょうか。
この掛け合いでは、
女であったばかりに、
義仲と最期をともにすることが
できなかった無念を感じてとれます。
女性が主役の唯一の修羅能!巴のあらすじは?
出展:http://blog.livedoor.jp/odakominka/archives/8155916.html
それでは次はいよいよ、
能の演目『巴』のあらすじをご紹介します。
木曽の僧が上洛する道中、
近江の国粟津の原にて
神前に泣く一人の美しい女性に出会います。
その女性は
自分が社殿に祀られている
木曽義仲の愛妾・巴の亡霊であることを
ほのめかし、
僧に祈祷を請うて
夕暮れの野に姿を消してしまいます。
日も暮れ、
弔いの経をあげる僧の前に、
甲冑(かっちゅう)に身を包んだ
巴の亡霊が現れます。
女であるがゆえに
愛する義仲と共に
最期を遂げられなかった無念を嘆き、
合戦の様を語りだします。
時は二月、
戦場で身動きの取れなくなった義仲と
自害する意を決した巴でしたが、
義仲は生き延びて
形見を木曽へ届けるよう巴に頼み、
自害します。
悲しみの中、巴は武具を解き、
義仲の形見と共に戦場を後にします。
以来、巴の亡霊は
この地にさまよい続けていたため、
義仲と同郷のこの僧を頼み
供養を申し出たのでした。
巴の見どころはここ!動画も紹介!<巴 見どころ 動画>
出展:http://blog.livedoor.jp/kita_sannokai/archives/44284983.html
能『巴』は、
修羅能に分類こそされるものの、
他のそれとはやや趣が異なります。
修羅能とは戦により落命したあと、
修羅道に落ちた苦しみを描くものが多く、
どちらといえば
荒々しい内容の能が主流です。
ところが巴は
女性が主人公ということも相まってか、
戦の場面にも関わらず
猛々しさや荒々しさより、
どこか憂いをおびた物悲しさが
全体を包んでいるような
雰囲気をまとっています。
どうぞその様子を動画でご覧ください。
また使用する面(おもて・能面)にも
大きな特徴があります。
使われる女面にかなりの幅が見て取れ、
巴のどの部分に着目して
演じられるのかによって
面の選択が変わってくるように
見受けられます。
《小面》
義仲を一途に慕う可憐な女性
《孫次郎》
『平家物語』で謳われた通りの絶世の美女
《十寸髪(ますかみ)、増女》
たくましく戦う強い女性
※女面の見分け方
毛描(けがき)によって違いを見分ける場合
小面…頭頂部から緩やかに三本
孫次郎…分け目から二本、眉付近から三本、
紐穴付近から四本とゆるやかに変化
増女…分け目から、
二本、三本、三本の三段交差
尚、流派によってはこの限りではありません。
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まとめ
女性である私はこの演目を観るたびに、
巴御前の無念を感じ、
悲しく切なく思えるのですが、
不思議なことに、
男性に感想を聞くと「少し怖い」など、
多かれ少なかれ巴という女性に対しての
畏敬のようなもの感じるようです。
男女によって感じ方が違うのも、
『巴』のおもしろいところだと
言えるかもしれません。