浮世絵と歌舞伎は切っても切れない関係と
言ってもいいでしょう。
江戸時代にどんな歌舞伎役者がいて、
どんな顔立ちをしていて、
どんな演目を演じていたか・・
浮世絵を見れば、様子がわかりますよね。
歌舞伎がテーマの浮世絵は、様々なものがあります。
ちょっとだけご紹介しましょう。
浮世絵の歌舞伎十八番とは?絵師は誰
歌舞伎十八番と言えば、
七代目の市川団十郎が市川宗家のお家芸として
選定した十八番の歌舞伎演目です。
十八番の演目は、いずれも代々の團十郎が
得意とした荒事。
今でも、十八番の内の、
『助六』『勧進帳』『暫』『鳴神』
などは よく上演されています。
この十八番の演目を
浮世絵に描いたたものがあります。
これは3代目の歌川豊国が
描いたものです。
襲名前の歌川国貞の名前の方が
馴染みが深い人が多いので
ここから、国貞の名前を使いましょう。
国貞は、江戸時代末期に活躍した浮世絵師です。
得意な絵は美人画や役者絵。
役者の上半身をクローズアップして描く大首絵や、
人気役者を粋な姿で描く役者絵が評判でした。
歌舞伎役者の絵で有名な写楽との違いは?
寛政6年(1794)は、東洲斎写楽という絵師が
突然登場し、
雲母摺、大判28枚の役者の大首絵を出版すると
大変な話題を呼びました。
顔を大きくクローズアップし、
目の皺や鷲鼻、受け口など顔の特徴を誇張して、
それぞれの役者の個性を大胆に描き、
また、表情やポーズもダイナミックに
表現しました。
しかし、写楽はたった10か月という期間だけ活躍し、
その後、姿を消してしまいました。
正体不明の謎の絵師として、
今に伝わっています。
写楽の絵の特徴は何といってもデフォルメ。
当時は「鼻高幸四郎」と言われる、
幸四郎も鼻が強調されて描かれています。
美しいはずの女形も、どう見ても男性の顔・・。
当の役者さんから、
不評を買ったという話もあります。
一方、それより後の時代に活躍する国貞の絵は、
かっこいいものをかっこよく、
綺麗なものを、より綺麗に描いている印象ですね。
顔自体は、役者の特徴を捉えていますが、
写楽ほどに大げさには表さず、
また、衣装や姿を粋に描いて、
まさに、ブロマイドのように描かれています。
江戸時代のブロマイド代わりだった!?浮世絵の歴史とは?
浮世絵とは、江戸時代当時の風俗を描いた画のこと。
浮世絵の最初は、菱川師宣です。
肉筆画の『見返り美人図』は教科書に見た人が多いのでは?
その後、墨で摺った絵に筆で着色したものが
現れてきます。
さらに、様々な色で刷る錦絵を生まれます。
下絵師、彫師、摺師の分業体制も整い、
浮世絵文化は大きく花開きました。
喜多川歌麿の繊細で優雅な美人画が評判を呼ぶ一方、
歌舞伎役者の絵も人気でした。
18世紀後半には、東洲斎写楽の役者絵が話題を呼び、
歌川豊国の『役者舞台姿絵』は美しく役者が描かれ
絶大な人気となりました。
その後、葛飾北斎が『富嶽三十六景』を描き
続いて歌川広重が『東海道五十三次』が
発行され、名所絵も人気のテーマになりました。
おわかりのように、浮世絵の人気ジャンルは、
美人・役者・名所。
物語の中の空想の景色や人物ではなく、
頑張れば会いに行ける、見に行けるものが
人気のテーマだったのです。
今のアイドル人気と同じですね。
特に、役者に対しては出演する演目にはじまり、
さらには私生活や着ている物まで
人々の注目が集まりました。
当時、国貞が描いた役者絵は、
贔屓の役者を身近において眺める
ブロマイドだったのでしょう。
今でも、歌舞伎座に行けば、
舞台写真が販売されていて、
みなさん贔屓の役者のものを、
たくさん買って帰られます。
今も、昔も、ファン心理は、
変わらないというわけですね。
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